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クリスチャンなのになぜ祝福を体験出来ないの?の正体

聖書の言葉によると、人は関心のあるものを引き寄せて所有する可能性があります。マタイ6章21節に「あなたの宝のあるところにあなたの心もあるからです。」と書かれています。この宝は、あなたの関心のあるものと思ってもいいと思います。関心のあるものに心を惹かれて、それが心に満ちてきます。そして、マタイ12章34節には「心に満ちている事を口が話すのです。」と書かれています。そして、箴言18章20~21節には「人はその口の結ぶ実によって腹を満たし、そのくちびるによる収穫に満たされる。死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。」と書かれています。ポジティブな思考の人はポジティブな事に関心を持ち、ポジティブな事を考えて、ポジティブな事を口が語って、それを引き寄せて所有しますが、ネガティブな思考の人はネガティブな事を考えて、ネガティブな事を口が語って、それを引き寄せて所有します。


クリスチャンであって、信仰を持っていてもネガティブな思考の人は、どうしてもネガティブな事に関心が集まりネガティブな言葉が口から出てきます。そうして、ネガティブな事を刈り取ってしまう可能性があります。あなたがクリスチャンであっても、「こうでなければならない。」「こうしてはいけない。」という律法的な言葉に関心が集まっていれば、律法を全うする事の出来る人は100%いませんので必ず罪意識が生じて恐れが生じる事になります。Ⅰヨハネ4章18節には「 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。」この「なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。」を詳訳聖書では「恐れには刑罰という思想が伴う。」と訳されています。そしてヨブ3章25節には「私の最も恐れたものが、私を襲い、私のおびえたものが、私の身にふりかかったからだ。」と書かれています。これがクリスチャンなのになかなか祝福を体験出来ない人の正体だと思います。本当に久しぶりの投稿でした。また時間がある時に投稿します。読んで下さって有難う。



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