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栄えに満ちた喜びⅡ

栄えに満ちた喜びを体験するには、心と身体の癒し、経済の祝福、人間関係の回復、預言の成就によって感動したなど何でもよいので、主の御業を体験すると栄えに満ちた喜びを体験する可能性が高くなります。でも、これらの事を体験する迄にはみ言葉の約束を信じる事が必要です。ヨハネ6章63節には「いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、またいのちです。」と書かれています。いのちとは健康も、経済も、安全も、良い人間関係も全て含んでいると思ってもよいと思います。これらを与えるのは聖霊様だという事ですね。イエス様が語られたみ言葉は霊でありいのちであるという事ですから、み言葉を理解する事と暗記する事はとても大切な事となります。栄えに満ちた喜びは癒しの賜物、預言の賜物などの働く人たちは体験し易いと思いますが、私が書いている方法は信仰によって得る方法であって、クリスチャンで、栄えに満ちた喜びを真剣に求める人なら誰でも体験できる可能性のある方法です。


一つの方法として「イエスの御名の権威を知る」事によって体験する確率はかなり上がります。ピリピ2章9~11節には「それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、『イエス・キリストは主である』と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。」と書かれています。このイエスの御名の権威を知る事ができれば色々な領域で、主の力を体験する事ができます。この事を詳しく知るにはケネス・E・ヘーゲン先生の著書である「イエスの御名」を参考にされるとよいと思います。以前申し上げましたが、「み言葉」と「イエスの御名」はクリスチャン専用である事を理解して下さい。ノンクリスチャンも、天使も、悪魔もこれらを使う事ができません。主はこれらを使う必要がありませんから、クリスチャン専用だという事です。


マタイ8章16節では「イエス様がみ言葉によって悪霊を追い出し、病人を癒しておられた。」と書かれています。み言葉には力があります。ヘブル4章12節には「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。」と書かれていますので、み言葉は全ての領域に力を持っている事が理解できます。そして、使徒3章には足の萎えた人が歩いた記事がありますが、その詳細は16節を読めば理解出来ます。「そして、このイエスの御名が、その御名を信じる信仰のゆえに、あなたがたがいま見ており知っているこの人を強くしたのです。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。」この箇所には「イエスの御名を信じる信仰」と書かれています。Ⅰヨハネ3章21節には「神の命令とは、私たちが御子イエス・キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおりに、私たちが互いに愛し合うことです。」だと書かれています。栄に満ちた喜びを体験する為には「み言葉を理解する事」と「イエスの御名を信じる信仰を身に着けて祈りりに使う事」の二つが重要になってきます。この続きは、また次回説明しますね。お楽しみに。





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