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神の力を解き放つ時代Ⅱ(写真をクリック)

前回の記事は「神に対する信仰」の祈り方である「神様。悪霊を縛って下さい」という祈り方から「神の持っているような信仰」によって「イエスの御名によって悪霊達よ。出ていけ。」と命じる祈りをすべきだと書きましたが、その根拠になるみ言葉はルカ22章29節です。ここでは、イエス様が「私の父が王権を与えて下さったように、私もあなた方に王権を与えます。」と語られました。このみ言葉の意味は「あなた方は王です」と言っているのです。Ⅰペテロ2章9節にも「しかし、あなた方は、選ばれた種族、王である祭司、神の所有とされた民です」と書かれており、その意味は「クリスチャンは地上で王の権威が与えられている」と書かれているのです。マタイ18章18節には「あなた方が地上で繋ぐ(禁じる)なら、天でも繋がれており、あなた方が地上で解く(赦す)なら、天においても解かれているのです。(新改訳第2版の欄外参照)」と書かれています。これらの言葉が正しいのであれば「主よ。悪霊を縛って下さい」という祈りにはならないのではないのでしょうか?


私達が地上で力ある働きが出来るか、出来ないかの分岐路は「神から与えられている私達の正しい身分と権威を知って使うか、使わないかにかかっていると思います。主が私達に与えて下さった正しい身分と権威を知って使う信仰が「神の持っているような信仰」という事になるのです。「神の持っているような信仰」の基本はマルコ11章22節~24節です。22節の永井訳聖書(新契約聖書)には「すなわちイエス彼等に云い給う、神の信仰を持て」と訳されています。イエス様が「神の信仰を持て」と、私達に語っておられるのであれば、私達は、神のような信仰を使うべきではないでしょうか?「その考え方は行き過ぎです」という意見も出てくると思いますが、ではイエス様はなぜヨハネ14章12節で「私を信じる者は、私の行うわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行います。」と語られたのでしょうか?

聖書には明らかに、私達に「神の信仰を持つ事を望んでいる」という意味の言葉が書かれています。聖書は主が著者ですから「これは明らかに主のみ心である」という事になります。


中東ではイスラム教徒の人達にもイエス様が直接現れて救いを与えておられると聞いています。しかも、そのような事は頻繁に起きているとも聞いています。その理由は、その地域に福音を伝える事がとても危険であり、ある時には命が危ない事があるので、そのような奇蹟が起きているのでしょう。それが事実であれば、日本もかなり危険な国になってきましたので、沢山の奇蹟が次々と起きてくるような時代に入ると信じます。そして、日本もそのような時代になっていく可能性が高くなってきている今、「神の持っているような信仰」が必要であり、それによって「神の力が解き放たれる時代」に入っていくと思います。しかし、私達の側も「神の持っているような信仰」をもって「神の力を解き放つ時代」に対処できるようにすべきであると思っています。 次回は、また別の面から信仰を語って行きます。

お楽しみに。皆さんの祝福をお祈りいたします。


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